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阪神淡路大震災により壊滅的打撃を受けた当社
(写真をクリックすると大きな写真が見られます) |
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当社4階建て工場は、前方半部と後方半部とは、
繋がっていましたが、元々別な建築物であり、
隙間を利用して重量帆布等が、一階より4階まで
自由に巻き取れる構造に成っておりました。
当時、前方部分に重量機械等が集中し、
前方の一階部分が、崩壊してしまいました。 |
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地震後2日目よりクレーンによる復興作業を始めましたが、
どうしても重機が必要となり、途方に暮れてましたところ、
消防及び市庁等の支援によって約10日後に、大阪から
パトカーに先導されて重機に来て頂き、とりあえず前半部分を
解体、お客様の完成製品を取り出し、発送する事が出来ました。
しかし重機が3日後には阪神高速復旧に行かねば成らない
との事、急いで解体した為に、当社機械類は殆ど無事には
取り出せませんでした。 |
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復旧指示する社長 |
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工場の前方部分を解体し、
剥き出しになった建物より
製品、機械類を取り出す社員
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移転先が見つからず、当社所有の
立体駐車場(スロープ式壁無し)を
突貫改築し、現在操業致しております。
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